屋久島(やくしま)は、九州大隅半島の南南西約60 km の海上に位置する、鹿児島県の島です。
近隣の種子島や口永良部島などと共に大隅諸島を形成しています。
面積504.88 km²。円形に近い五角形をしています。
鹿児島県の島としては奄美大島に次いで2番目、日本全国でも9番目の大きさであります(北海道・本州・四国・九州を除く)。
豊かで美しい自然が残されており、島の中央部の宮之浦岳を含む屋久杉自生林や西部林道付近など、島の面積の約21 %にあたる107.47 km² がユネスコの世界自然遺産に登録されています。
世界遺産への登録は1993年、姫路城・法隆寺・白神山地とともに日本初です。
地理的には、
島の周囲約132 km。
中央部には日本百名山の一つで九州最高峰の宮之浦岳 (1,936 m) がそびえ立っています。
さらにこの他にも数多くの1,000 m 級の山々を有し、「洋上のアルプス」の呼び名があります。
海からの湿った風はこれらの山にぶつかり、「ひと月に35日雨が降る」と表現されるほど大量の降雨をもたらします。
年間降水量は平地で約4,000 mm、山地で約8,000 mm にも達します。
また亜熱帯地域に位置する島でありながら、高い山があることで亜熱帯から亜寒帯に及ぶ多様な植物相を目にすることができます。
島の中心部には、日本最南端の高層湿原である小花之江河、花之江河(はなのえごう)が存在し、山頂付近の平均気温は札幌市の平均気温よりも低いです。
野生動物としては、ヤクシマザルやヤクシカが数多く生息しています。
縄文杉、ウィルソン株をはじめ、屋久杉の大木が自生しています。
日本最北端のガジュマル林があります。
島北部の永田浜は世界有数のウミガメの産卵地であります。
島北西部の砂浜、前浜といなか浜は、屋久島永田浜という名称で2005年11月、ラムサール条約登録湿地となりました。
登録基準
この世界遺産は、世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされました。
ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ、最高の自然現象、または、地域を含むもの。
陸上、淡水、沿岸、および、海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
観光情報
エコツアー
屋久島は豊かで多様な自然環境を舞台にして、登山、森歩き、カヤック・カヌー、沢登り、スキューバダイビング等、多様なエコツアーが実施されています。
交通機関
航空機
日本エアコミューター(鹿児島空港 - 屋久島空港・1日5往復)片道12,370 円 往復22,460 円
船
鹿児島商船 ジェットフォイル「トッピー」(鹿児島本港 - 宮之浦港・安房港 1日4往復)片道7,000 円 往復12,600 円
折田汽船 フェリー フェリー屋久島2(鹿児島本港 - 宮之浦港 1日1往復)片道5,200 円 往復8,500 円(繁忙期 10,400 円)
コスモライン ジェットフォイル「ロケット」(鹿児島北埠頭 - 宮之浦港 1日2往復)片道5,000 円 往復9,200 円
バス
種子島・屋久島交通
鉄道
営業用ではないが、日本最後の森林鉄道(安房森林軌道)があるのがこの屋久島であります。
軌道の一部に登山道との供用区間があります。
ただし屋久島電工が管理・運行する区間は全線立入禁止となっています。
温泉
尾之間温泉
平内海中温泉
湯泊温泉
大浦温泉
楠川温泉
桜島フェリー 鹿児島市船舶部が運営 鹿児島県鹿児島市の鹿児島港(桜島フェリーターミナル)と桜島港との間を結ぶフェリー
桜島フェリー(さくらじまフェリー)は、鹿児島県鹿児島市の鹿児島港(桜島フェリーターミナル)と桜島港との間を結ぶフェリーです。
鹿児島市船舶部が運営しています。
概要
桜島は1914年(大正3年)の大噴火によって大きな被害を受け、災害復興や教育振興(通学)のために鹿児島市街地と桜島とを結ぶ定期航路を望む声が上がりました。
このため、当時の西桜島村(その後の桜島町、現在は鹿児島市)が1930年(昭和5年)頃より準備を始め、1934年(昭和9年)11月19日より運航を開始ししました。
開通時の運賃は片道10銭から15銭でありました。
その後、次第に便数を増やし、現在では昼間最短10分間隔、夜間60分間隔の24時間運航を行っており、約3.5kmの距離を13分で結んでいます。
2004年において年間延べ550万人の乗客と164万台の車両を航送しています。
桜島の噴火災害に備えて、桜島の各所にはフェリーが着岸できる場所が設けられており、災害発生時に住民の避難に利用できるよう準備が整えられています。
平成5年8月豪雨においては竜ヶ水地区に孤立した住民などの救助に参加しました。
当時、竜ヶ水地区にはフェリーが着岸できる場所がなかったため、地元の小型漁船の協力を必要としました。
鹿児島市船舶部が運営しています。
概要
桜島は1914年(大正3年)の大噴火によって大きな被害を受け、災害復興や教育振興(通学)のために鹿児島市街地と桜島とを結ぶ定期航路を望む声が上がりました。
このため、当時の西桜島村(その後の桜島町、現在は鹿児島市)が1930年(昭和5年)頃より準備を始め、1934年(昭和9年)11月19日より運航を開始ししました。
開通時の運賃は片道10銭から15銭でありました。
その後、次第に便数を増やし、現在では昼間最短10分間隔、夜間60分間隔の24時間運航を行っており、約3.5kmの距離を13分で結んでいます。
2004年において年間延べ550万人の乗客と164万台の車両を航送しています。
桜島の噴火災害に備えて、桜島の各所にはフェリーが着岸できる場所が設けられており、災害発生時に住民の避難に利用できるよう準備が整えられています。
平成5年8月豪雨においては竜ヶ水地区に孤立した住民などの救助に参加しました。
当時、竜ヶ水地区にはフェリーが着岸できる場所がなかったため、地元の小型漁船の協力を必要としました。
鹿児島湾 鹿児島県の薩摩半島と大隅半島に挟まれた湾 海域としては薩摩半島の長崎鼻と大隅半島の立目崎とを結ぶ直線から北側を指します
鹿児島湾(かごしまわん)は、別名を錦江湾(きんこうわん)とも言い、鹿児島県の薩摩半島と大隅半島に挟まれた湾であります。
海域としては薩摩半島の長崎鼻と大隅半島の立目崎とを結ぶ直線から北側を指します。
地理的には、
面積1130km2、南北約80km、東西約20kmのやや蛇行した形状をなし、北から湾奥部、湾中央部、湾口部の3海域に分けられます。
湾奥部と湾中央部の間に活火山である桜島を擁する。
平均水深は117mと比較的深く海岸付近の傾斜角が大きい椀形の海底地形となっています。
海岸線総延長は約330kmあり、そのうち約60%は護岸など何らかの人工的な措置が施されています。
湾奥部
面積250km2、平均水深140m、最大水深206m、南北10-20km、東西約20kmにわたる海域です。
桜島の北側に位置し姶良カルデラと呼ばれるカルデラ地形を構成しています。
南部には鹿児島湾唯一の有人島として新島があり、北部には神造島または隼人三島と総称される辺田小島、弁天島、沖小島があります。
北東部に海底活火山の若尊があり、たぎり(滾り)と呼ばれる火山性噴気活動が確認されています。
天降川、別府川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は鹿児島市、姶良町、加治木町、霧島市、垂水市。
西桜島水道(桜島西側水道)
桜島と薩摩半島の間に位置する水深40m、幅1.9kmの水道(海峡)。
湾中央部
面積580km2、平均水深126m、最大水深237m、南北約30km、東西約20kmにわたる海域です。
甲突川、神川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は鹿児島市、垂水市、鹿屋市、錦江町、指宿市。
湾口部
面積300km2、平均水深80m、南北約20km、東西幅約10kmにわたる海域です。
知林ヶ島の南側に位置し阿多カルデラと呼ばれるカルデラ地形の東側を構成しています。
薩摩半島側に山川湾が分岐しています。
雄川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は指宿市、錦江町、南大隅町です。
自然環境
湾中央部に注ぐ鈴川、米倉川、岩崎川の河口付近(鹿児島市喜入地区)に広がるメヒルギの林は日本におけるマングローブ林の北限であり、米倉川、岩崎川河口のそれは国の天然記念物になっています。
湾内をイルカが回遊しており、沿岸から時折その姿を見ることができます。
また海浜には海亀の産卵場所の南限があります。
湾奥部、若尊付近の海底にはサツマハオリムシが生息しています。
湾奥部および湾中央部が深く湾口部が浅いため海水の入れ替わりに時間がかかります。
また、流入する河川の流域に約90万人の人口を抱えており、生活排水や産業廃水による水質の悪化が進んでいます。
年間数回の頻度で赤潮が発生しており、特に1977年(昭和52年)、1985年(昭和60年)、1995年(平成7年)に大きな漁業被害を受けました。
1979年(昭和54年)5月に鹿児島湾水質環境管理計画(鹿児島湾ブルー計画)が策定され、周辺地域の下水道普及などの対策が行われています。
港湾
湾奥部: 加治木港、隼人港
湾中央部: 鹿児島港、垂水港、鹿屋港
湾口部: 指宿港、山川漁港、根占港
交通
桜島フェリー(桜島桟橋〜桜島港)
鹿児島市営行政連絡船(新島・新島港〜桜島・浦之前港)
鴨池・垂水フェリー(鴨池港〜垂水港)
歴史は、
鹿児島湾は南北に連なる正断層に沿った地殻の沈降によって形成されたと考えられています。
この沈降地形は鹿児島湾の南側にある鬼界カルデラ付近から鹿児島湾、加久藤盆地を経て人吉盆地付近にまで及び、鹿児島地溝と呼ばれています。
この地溝に阿多カルデラや姶良カルデラなどの火山地形が加わることによって現在の鹿児島湾ができあがりました。
約2万5千年前に姶良カルデラで発生した姶良大噴火以前は大隅半島中部に浅い海が広がっており、鹿児島湾と志布志湾が接続していたと考えられています。
桜島は約2万2千年前に鹿児島湾内の火山島として活動を始めた。明治以前は湾内に浮かぶ島であり、島の東側にも水深80m、幅360mの海峡があり瀬戸海峡と呼ばれていました。
1914年の桜島大正大噴火によって桜島と大隅半島が繋がり、湾の形状、海流を大きく変えました。
新島は、1779年の桜島安永大噴火の際に海底が隆起して出来ました。
ハワイの真珠湾と形が似ていることから、真珠湾攻撃を前にした日本海軍航空隊や連合艦隊が周辺で実戦を想定した入念な秘密演習を行っています。
海域としては薩摩半島の長崎鼻と大隅半島の立目崎とを結ぶ直線から北側を指します。
地理的には、
面積1130km2、南北約80km、東西約20kmのやや蛇行した形状をなし、北から湾奥部、湾中央部、湾口部の3海域に分けられます。
湾奥部と湾中央部の間に活火山である桜島を擁する。
平均水深は117mと比較的深く海岸付近の傾斜角が大きい椀形の海底地形となっています。
海岸線総延長は約330kmあり、そのうち約60%は護岸など何らかの人工的な措置が施されています。
湾奥部
面積250km2、平均水深140m、最大水深206m、南北10-20km、東西約20kmにわたる海域です。
桜島の北側に位置し姶良カルデラと呼ばれるカルデラ地形を構成しています。
南部には鹿児島湾唯一の有人島として新島があり、北部には神造島または隼人三島と総称される辺田小島、弁天島、沖小島があります。
北東部に海底活火山の若尊があり、たぎり(滾り)と呼ばれる火山性噴気活動が確認されています。
天降川、別府川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は鹿児島市、姶良町、加治木町、霧島市、垂水市。
西桜島水道(桜島西側水道)
桜島と薩摩半島の間に位置する水深40m、幅1.9kmの水道(海峡)。
湾中央部
面積580km2、平均水深126m、最大水深237m、南北約30km、東西約20kmにわたる海域です。
甲突川、神川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は鹿児島市、垂水市、鹿屋市、錦江町、指宿市。
湾口部
面積300km2、平均水深80m、南北約20km、東西幅約10kmにわたる海域です。
知林ヶ島の南側に位置し阿多カルデラと呼ばれるカルデラ地形の東側を構成しています。
薩摩半島側に山川湾が分岐しています。
雄川などの河川が流入しています。
沿岸の自治体は指宿市、錦江町、南大隅町です。
自然環境
湾中央部に注ぐ鈴川、米倉川、岩崎川の河口付近(鹿児島市喜入地区)に広がるメヒルギの林は日本におけるマングローブ林の北限であり、米倉川、岩崎川河口のそれは国の天然記念物になっています。
湾内をイルカが回遊しており、沿岸から時折その姿を見ることができます。
また海浜には海亀の産卵場所の南限があります。
湾奥部、若尊付近の海底にはサツマハオリムシが生息しています。
湾奥部および湾中央部が深く湾口部が浅いため海水の入れ替わりに時間がかかります。
また、流入する河川の流域に約90万人の人口を抱えており、生活排水や産業廃水による水質の悪化が進んでいます。
年間数回の頻度で赤潮が発生しており、特に1977年(昭和52年)、1985年(昭和60年)、1995年(平成7年)に大きな漁業被害を受けました。
1979年(昭和54年)5月に鹿児島湾水質環境管理計画(鹿児島湾ブルー計画)が策定され、周辺地域の下水道普及などの対策が行われています。
港湾
湾奥部: 加治木港、隼人港
湾中央部: 鹿児島港、垂水港、鹿屋港
湾口部: 指宿港、山川漁港、根占港
交通
桜島フェリー(桜島桟橋〜桜島港)
鹿児島市営行政連絡船(新島・新島港〜桜島・浦之前港)
鴨池・垂水フェリー(鴨池港〜垂水港)
歴史は、
鹿児島湾は南北に連なる正断層に沿った地殻の沈降によって形成されたと考えられています。
この沈降地形は鹿児島湾の南側にある鬼界カルデラ付近から鹿児島湾、加久藤盆地を経て人吉盆地付近にまで及び、鹿児島地溝と呼ばれています。
この地溝に阿多カルデラや姶良カルデラなどの火山地形が加わることによって現在の鹿児島湾ができあがりました。
約2万5千年前に姶良カルデラで発生した姶良大噴火以前は大隅半島中部に浅い海が広がっており、鹿児島湾と志布志湾が接続していたと考えられています。
桜島は約2万2千年前に鹿児島湾内の火山島として活動を始めた。明治以前は湾内に浮かぶ島であり、島の東側にも水深80m、幅360mの海峡があり瀬戸海峡と呼ばれていました。
1914年の桜島大正大噴火によって桜島と大隅半島が繋がり、湾の形状、海流を大きく変えました。
新島は、1779年の桜島安永大噴火の際に海底が隆起して出来ました。
ハワイの真珠湾と形が似ていることから、真珠湾攻撃を前にした日本海軍航空隊や連合艦隊が周辺で実戦を想定した入念な秘密演習を行っています。
佐多岬 九州本島の最南端 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠に位置し、大隅海峡に面する岬 かつては陸の孤島だったが、1960年代より国立公園指定、道路の開通など観光開発が進みました
佐多岬(さたみさき)は、鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠に位置し、大隅海峡に面する岬です。
北緯30度59分10秒、東経130度39分42秒。大隅半島のみならず、九州本島の最南端にあたります。
霧島屋久国立公園に含まれています。
四国最西端の佐田岬(さだみさき)と字や読みが似ているので注意が必要。
地理的のは、
岬の北約600mの所を北緯31度線が通過しており、緯度だけで言うならばニューデリーやカイロと同緯度であります。
北東から伸びてきた大隅半島が細まり海へと没する地点で、岬の先にもしばらく岩礁が続きます。
中生代の砂岩や頁岩が互層を成した海食崖が見られます。
岬の東方に枇榔島(びろうじま)が、岬から岩礁を隔てて南方100mに大輪島(おおわじま)が浮かびます。
大輪島には1871年(明治4年)初点灯の佐多岬燈台が立っています。
海抜60m、光達21.5海里。
初代の建物は、明治初期の日本で多くの灯台を手がけた英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計だったが、太平洋戦争で空襲を受けたため、1950年に再建されました。
かつては陸の孤島だったが、1960年代より国立公園指定、道路の開通など観光開発が進みました。
一帯に群生するソテツは「鹿児島県のソテツ自生地」として国の特別天然記念物に指定されています。
他にもハマユウ、ビロウなどの亜熱帯植物が自生しています。
佐多岬への交通アクセス
国道269号
鹿児島県道68号鹿屋吾平佐多線
鹿児島県道566号佐多岬公園線(佐多岬ロードパークウェイ、自動車専用道路)
2007年4月25日をもって佐多岬ロードパークは廃止、翌26日より第1料金所から第2料金所までの約6qの区間を町道として南大隅町へ移管されました。
これにより全線が無料化、自転車や歩行者でも通行可となりました。
その他
第二区間から先の入園時間は8:00から17:00まで(季節や連休などの時期によって変動する場合あり)
車道終点の駐車場から、トンネルをくぐって岬先端に至る遊歩道は有料です。
大人(中学生以上)300円/人
子供(小学生)150円/人
幼児 無料
展望台利用料金・小学3年生以上200円/人
※料金および開園時間は平成19年4月26日現在
展望台へは徒歩以外不可能であり一切バリアフリー対策は執られていないです。
また、展望台の周囲は金網で囲まれている為写真撮影には適さない状態です。
佐多岬ロードパークウェイを通らずに、海岸線を徒歩で行くルートを示した斉藤政喜(シェルパ斉藤)の手記が小学館の旅行雑誌『ビーパル』(BE-PAL)2002年10月号に掲載されました。
大泊(佐多岬ロードパークウェイ入口)−佐多岬間を結ぶバス(大隅交通ネットワーク)があったが、2006年11月8日に廃止されました。
北緯30度59分10秒、東経130度39分42秒。大隅半島のみならず、九州本島の最南端にあたります。
霧島屋久国立公園に含まれています。
四国最西端の佐田岬(さだみさき)と字や読みが似ているので注意が必要。
地理的のは、
岬の北約600mの所を北緯31度線が通過しており、緯度だけで言うならばニューデリーやカイロと同緯度であります。
北東から伸びてきた大隅半島が細まり海へと没する地点で、岬の先にもしばらく岩礁が続きます。
中生代の砂岩や頁岩が互層を成した海食崖が見られます。
岬の東方に枇榔島(びろうじま)が、岬から岩礁を隔てて南方100mに大輪島(おおわじま)が浮かびます。
大輪島には1871年(明治4年)初点灯の佐多岬燈台が立っています。
海抜60m、光達21.5海里。
初代の建物は、明治初期の日本で多くの灯台を手がけた英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計だったが、太平洋戦争で空襲を受けたため、1950年に再建されました。
かつては陸の孤島だったが、1960年代より国立公園指定、道路の開通など観光開発が進みました。
一帯に群生するソテツは「鹿児島県のソテツ自生地」として国の特別天然記念物に指定されています。
他にもハマユウ、ビロウなどの亜熱帯植物が自生しています。
佐多岬への交通アクセス
国道269号
鹿児島県道68号鹿屋吾平佐多線
鹿児島県道566号佐多岬公園線(佐多岬ロードパークウェイ、自動車専用道路)
2007年4月25日をもって佐多岬ロードパークは廃止、翌26日より第1料金所から第2料金所までの約6qの区間を町道として南大隅町へ移管されました。
これにより全線が無料化、自転車や歩行者でも通行可となりました。
その他
第二区間から先の入園時間は8:00から17:00まで(季節や連休などの時期によって変動する場合あり)
車道終点の駐車場から、トンネルをくぐって岬先端に至る遊歩道は有料です。
大人(中学生以上)300円/人
子供(小学生)150円/人
幼児 無料
展望台利用料金・小学3年生以上200円/人
※料金および開園時間は平成19年4月26日現在
展望台へは徒歩以外不可能であり一切バリアフリー対策は執られていないです。
また、展望台の周囲は金網で囲まれている為写真撮影には適さない状態です。
佐多岬ロードパークウェイを通らずに、海岸線を徒歩で行くルートを示した斉藤政喜(シェルパ斉藤)の手記が小学館の旅行雑誌『ビーパル』(BE-PAL)2002年10月号に掲載されました。
大泊(佐多岬ロードパークウェイ入口)−佐多岬間を結ぶバス(大隅交通ネットワーク)があったが、2006年11月8日に廃止されました。
桜島 東西約12km、南北約10km、周囲約55km 海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの一つとされています 桜島への交通アクセス
桜島(さくらじま)は、鹿児島県の錦江湾(正式には鹿児島湾)にある東西約12km、南北約10km、周囲約55km、面積約77km²の半島であり大隅半島と接続しています。
御岳(おんたけ)と呼ばれる活火山によって形成され、頻繁に噴火を繰り返してきた歴史を持ちます。
海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの一つとされています。
標高 1,117 m
位置 北緯31度35分19秒
東経130度39分17秒
所在地 日本(鹿児島県)
山系 (独立峰)
種類 活火山ランクA(成層火山)
地理的には
桜島はその大部分が御岳と呼ばれる活火山で構成されています。
御岳は南北に並ぶ北岳、中岳、南岳から成り、山腹に多くの寄生火山を配する。
山裾が海まで伸びているため平地はほとんどないが、北西部と南西部の海岸沿いに比較的なだらかな斜面があり農地として利用されています。
温暖湿潤な気候でありながら山肌に木々が乏しい上に火山噴出物からなる土壌のため保水性が低く川はほとんどが涸れ川となっています。
桜島の全域が鹿児島市に属する。明治以前は2万以上であった島内の人口は大正大噴火の影響によって9000人以下に激減、その後も減少が続き1985年(昭和60年)には約8500人、2000年(平成12年)には約6300人、2007年(平成19年)には約5800人となりました。
桜島の約85%は霧島屋久国立公園に指定されています。
交通
桜島への交通アクセス
桜島と鹿児島市街地との間は24時間運航の鹿児島市営桜島フェリーによって結ばれています。
大隅半島側の垂水市や霧島市との間には路線バスが運行されています。
鹿児島市でありながら鹿児島市内とは海で隔てられているため、2000年頃に桜島大橋(仮称)が計画されました。
しかしながら、着工等の日取り等全く未定であり、頓挫している状態であります。
鹿児島駅 -(徒歩約7分)- 鹿児島港桜島フェリーターミナル -(桜島フェリー)- 桜島港
国分駅 -(路線バス)- 桜島口
鹿児島空港 -(路線バス)- 桜島口
島内の交通
路線バス
桜島港 - 桜島口(南回り)
赤水 - 桜島港 - 白浜、白浜 - 黒神口(北回り) ※黒神口 - 桜島口は徒歩約5分
島内の観光名所を巡回する定期観光バスが運行されています。
御岳
北岳(標高1117m)
桜島の最高峰です。
山頂に直径約500mの火口があり雨が降ると池ができることもあります。
有史以来山頂火口から噴火した記録はないが、北東斜面に安永大噴火の火口があります。
中岳(標高1060m)
北岳から約900m南に位置します。
有史以来噴火の記録はないです。
南岳の寄生火山の一つであります。
南岳(標高1040m)
中岳から約500m南に位置します。
山頂に直径約700mの火口があり、その内側に二つの小火口(A火口とB火口)を擁する。
火口内にはかつて白水と呼ばれる池がありました。
この火口は1955年(昭和30年)以降活発な噴火活動を続けており、山頂火口から半径2km以内は立ち入り禁止となっています。
南側山腹には安永大噴火の火口、東側山腹には昭和噴火の火口があります。
寄生火山(側火山)
湯之平(ゆのひら、標高373m): 北岳の西側斜面に位置する溶岩ドームです。
御岳の山頂付近を間近に眺めることのできる湯之平展望所があります。
春田山(はるたやま、標高408m): 湯之平の東側に隣接する溶岩ドーム。京都大学の火山観測施設が設置されています。
権現山(ごんげんやま、標高350m): 南岳の東側斜面に位置する溶岩ドームです。
鍋山(なべやま、標高359m): 南岳の東側斜面に位置する火口跡。南側に大正大噴火の火口(東火口)があります。
引ノ平(ひきのだいら、標高565m): 中岳の西側斜面に位置する溶岩ドームです。
北東部に大正大噴火の火口(西火口)があります。
御岳(おんたけ)と呼ばれる活火山によって形成され、頻繁に噴火を繰り返してきた歴史を持ちます。
海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの一つとされています。
標高 1,117 m
位置 北緯31度35分19秒
東経130度39分17秒
所在地 日本(鹿児島県)
山系 (独立峰)
種類 活火山ランクA(成層火山)
地理的には
桜島はその大部分が御岳と呼ばれる活火山で構成されています。
御岳は南北に並ぶ北岳、中岳、南岳から成り、山腹に多くの寄生火山を配する。
山裾が海まで伸びているため平地はほとんどないが、北西部と南西部の海岸沿いに比較的なだらかな斜面があり農地として利用されています。
温暖湿潤な気候でありながら山肌に木々が乏しい上に火山噴出物からなる土壌のため保水性が低く川はほとんどが涸れ川となっています。
桜島の全域が鹿児島市に属する。明治以前は2万以上であった島内の人口は大正大噴火の影響によって9000人以下に激減、その後も減少が続き1985年(昭和60年)には約8500人、2000年(平成12年)には約6300人、2007年(平成19年)には約5800人となりました。
桜島の約85%は霧島屋久国立公園に指定されています。
交通
桜島への交通アクセス
桜島と鹿児島市街地との間は24時間運航の鹿児島市営桜島フェリーによって結ばれています。
大隅半島側の垂水市や霧島市との間には路線バスが運行されています。
鹿児島市でありながら鹿児島市内とは海で隔てられているため、2000年頃に桜島大橋(仮称)が計画されました。
しかしながら、着工等の日取り等全く未定であり、頓挫している状態であります。
鹿児島駅 -(徒歩約7分)- 鹿児島港桜島フェリーターミナル -(桜島フェリー)- 桜島港
国分駅 -(路線バス)- 桜島口
鹿児島空港 -(路線バス)- 桜島口
島内の交通
路線バス
桜島港 - 桜島口(南回り)
赤水 - 桜島港 - 白浜、白浜 - 黒神口(北回り) ※黒神口 - 桜島口は徒歩約5分
島内の観光名所を巡回する定期観光バスが運行されています。
御岳
北岳(標高1117m)
桜島の最高峰です。
山頂に直径約500mの火口があり雨が降ると池ができることもあります。
有史以来山頂火口から噴火した記録はないが、北東斜面に安永大噴火の火口があります。
中岳(標高1060m)
北岳から約900m南に位置します。
有史以来噴火の記録はないです。
南岳の寄生火山の一つであります。
南岳(標高1040m)
中岳から約500m南に位置します。
山頂に直径約700mの火口があり、その内側に二つの小火口(A火口とB火口)を擁する。
火口内にはかつて白水と呼ばれる池がありました。
この火口は1955年(昭和30年)以降活発な噴火活動を続けており、山頂火口から半径2km以内は立ち入り禁止となっています。
南側山腹には安永大噴火の火口、東側山腹には昭和噴火の火口があります。
寄生火山(側火山)
湯之平(ゆのひら、標高373m): 北岳の西側斜面に位置する溶岩ドームです。
御岳の山頂付近を間近に眺めることのできる湯之平展望所があります。
春田山(はるたやま、標高408m): 湯之平の東側に隣接する溶岩ドーム。京都大学の火山観測施設が設置されています。
権現山(ごんげんやま、標高350m): 南岳の東側斜面に位置する溶岩ドームです。
鍋山(なべやま、標高359m): 南岳の東側斜面に位置する火口跡。南側に大正大噴火の火口(東火口)があります。
引ノ平(ひきのだいら、標高565m): 中岳の西側斜面に位置する溶岩ドームです。
北東部に大正大噴火の火口(西火口)があります。
開聞岳 標高924m らせん状の登山道が整備され、三時間程度で登山することができます 独立峰であり、山頂部に近づくにつれて岩が露出するため、頂上からは360度の展望
開聞岳(かいもんだけ)は、鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山で、日本百名山の一つです。
山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言います。
所在地は鹿児島県指宿市。
4000年前活動を開始し、有史以降の噴火記録は6世紀ごろからあり、貞観16年(874年)と仁和元年(885年)に大噴火しました。
このとき、山頂に溶岩円頂丘が噴出し、現在の二段式の山容となりました。
山体は主に粘性の少ない玄武岩だが山頂付近の溶岩ド−ムは安山岩でできています。
2000年12月12日から下旬にかけて、噴気が観測されました。
標高 924 m
位置 北緯31度10分36.7秒
東経130度31分53.6秒
所在地 鹿児島県指宿市
山系 独立峰
種類 成層火山
大隅半島と薩摩半島によって錦江湾(鹿児島湾)が形成されているが、その薩摩半島の最南端にあるため、海上交通における大事な目印とされ、かいもんは海門に通ずると言います。
同様に航海上の目印とされた薩摩半島の秀峰、野間岳(のまだけ)と金峰山(きんぽうざん)と合わせて薩摩三峰とも呼びます。
なお、太平洋戦争において、知覧の特攻基地から出撃した戦闘機は、まず開聞岳へと進路をとり、富士の山にも似たその山容に故郷や家族への別れを告げつつ南方へと向かったといいます。
また、開聞岳の山麓西側の花瀬(はなぜ)にはやはり太平洋戦争において、フィリピンで戦死した人々を慰霊する望比公園(ぼうひこうえん)があります。
登山
らせん状の登山道が整備され、三時間程度で登山することができます。
標高924mと日本百名山の中では例外的に低い山であるが(基準は1500m以上とされた)、海抜0メートル付近からの登山となるため、登山の際の標高差は900m以上あります。
独立峰であり、山頂部に近づくにつれて岩が露出するため、頂上からは360度の展望が楽しめます。
山麓にある枚聞神社(ひらききじんじゃ)は薩摩国の一宮であり、開聞岳を御神体としています。
このため神社参道と社を結ぶ直線上に開聞岳があり、その山頂には奥宮御岳神社があります。
山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言います。
所在地は鹿児島県指宿市。
4000年前活動を開始し、有史以降の噴火記録は6世紀ごろからあり、貞観16年(874年)と仁和元年(885年)に大噴火しました。
このとき、山頂に溶岩円頂丘が噴出し、現在の二段式の山容となりました。
山体は主に粘性の少ない玄武岩だが山頂付近の溶岩ド−ムは安山岩でできています。
2000年12月12日から下旬にかけて、噴気が観測されました。
標高 924 m
位置 北緯31度10分36.7秒
東経130度31分53.6秒
所在地 鹿児島県指宿市
山系 独立峰
種類 成層火山
大隅半島と薩摩半島によって錦江湾(鹿児島湾)が形成されているが、その薩摩半島の最南端にあるため、海上交通における大事な目印とされ、かいもんは海門に通ずると言います。
同様に航海上の目印とされた薩摩半島の秀峰、野間岳(のまだけ)と金峰山(きんぽうざん)と合わせて薩摩三峰とも呼びます。
なお、太平洋戦争において、知覧の特攻基地から出撃した戦闘機は、まず開聞岳へと進路をとり、富士の山にも似たその山容に故郷や家族への別れを告げつつ南方へと向かったといいます。
また、開聞岳の山麓西側の花瀬(はなぜ)にはやはり太平洋戦争において、フィリピンで戦死した人々を慰霊する望比公園(ぼうひこうえん)があります。
登山
らせん状の登山道が整備され、三時間程度で登山することができます。
標高924mと日本百名山の中では例外的に低い山であるが(基準は1500m以上とされた)、海抜0メートル付近からの登山となるため、登山の際の標高差は900m以上あります。
独立峰であり、山頂部に近づくにつれて岩が露出するため、頂上からは360度の展望が楽しめます。
山麓にある枚聞神社(ひらききじんじゃ)は薩摩国の一宮であり、開聞岳を御神体としています。
このため神社参道と社を結ぶ直線上に開聞岳があり、その山頂には奥宮御岳神社があります。
池田湖 標高は66m、深さは233m 九州最大の湖であります 湖には体長2m級の大ウナギが生息しています 池田湖を含む窪地地形は池田カルデラと呼ばれています
池田湖(いけだこ)は、鹿児島県の薩摩半島南東部にある直径約3.5km、周囲約15km、ほぼ円形のカルデラ湖です。
九州最大の湖であります。
湖面の標高は66m、深さは233mで、最深部は海抜-167mとなります。
湖底には直径約800m、湖底からの高さ約150mの湖底火山があります。
池田湖を含む窪地地形は池田カルデラと呼ばれています。
約5500年前、阿多カルデラに関連した火山活動があり、合計約5km3の軽石や火山灰を噴出しました。
噴出物の抜けた後に地面が落ち込むことによって池田カルデラが形成され、カルデラの底に雨水が溜まることによって池田湖が形成されました。
ほぼ同時期に山川湾、成川盆地、鰻池、池底、松ヶ窪などの地形も形成されており、これらの噴火口群とともに池田山川としてランクCの活火山に指定されています。
池田湖は古くは開聞の御池または神の御池と呼ばれており龍神伝説があります。
開聞岳の噴出と池田湖の陥没が連動して起きたという俗説があるが、地質学的観点では両者の活動時期に1000年以上の時間差があり、池田カルデラの大きさに見合う火山噴出物(池田湖テフラ)が周辺の地層に残されていることなどから、直接的な因果関係はないとされています。
1929年(昭和4年)の観測では透明度26.8mと当時世界第7位であったが、その後、生活排水や工業廃水の流入などによって汚染が進み、1983年(昭和58年)には赤潮が発生するに至りました。
このため「池田湖ブルー化計画」が策定され水質改善の活動が進められています。
湖には体長2m級の大ウナギが生息しています。
また、謎の生物がいるといわれており、ネス湖の未確認生物を「ネッシー」というのと同様、「イッシー」と呼ばれています。
このほか、出現時期から池田湖に放流された大型魚、ハクレンの群の魚影の誤認ではないかとも言われるが真偽は不明であります。
所在地 鹿児島県指宿市
面積 10.90 km²
周囲長 15.00 km
最大水深 233 m
平均水深 - m
貯水量 - km³
水面の標高 66 m
成因 火山湖
淡水・汽水 淡水
九州最大の湖であります。
湖面の標高は66m、深さは233mで、最深部は海抜-167mとなります。
湖底には直径約800m、湖底からの高さ約150mの湖底火山があります。
池田湖を含む窪地地形は池田カルデラと呼ばれています。
約5500年前、阿多カルデラに関連した火山活動があり、合計約5km3の軽石や火山灰を噴出しました。
噴出物の抜けた後に地面が落ち込むことによって池田カルデラが形成され、カルデラの底に雨水が溜まることによって池田湖が形成されました。
ほぼ同時期に山川湾、成川盆地、鰻池、池底、松ヶ窪などの地形も形成されており、これらの噴火口群とともに池田山川としてランクCの活火山に指定されています。
池田湖は古くは開聞の御池または神の御池と呼ばれており龍神伝説があります。
開聞岳の噴出と池田湖の陥没が連動して起きたという俗説があるが、地質学的観点では両者の活動時期に1000年以上の時間差があり、池田カルデラの大きさに見合う火山噴出物(池田湖テフラ)が周辺の地層に残されていることなどから、直接的な因果関係はないとされています。
1929年(昭和4年)の観測では透明度26.8mと当時世界第7位であったが、その後、生活排水や工業廃水の流入などによって汚染が進み、1983年(昭和58年)には赤潮が発生するに至りました。
このため「池田湖ブルー化計画」が策定され水質改善の活動が進められています。
湖には体長2m級の大ウナギが生息しています。
また、謎の生物がいるといわれており、ネス湖の未確認生物を「ネッシー」というのと同様、「イッシー」と呼ばれています。
このほか、出現時期から池田湖に放流された大型魚、ハクレンの群の魚影の誤認ではないかとも言われるが真偽は不明であります。
所在地 鹿児島県指宿市
面積 10.90 km²
周囲長 15.00 km
最大水深 233 m
平均水深 - m
貯水量 - km³
水面の標高 66 m
成因 火山湖
淡水・汽水 淡水
長崎鼻 国東半島北部の先端近くに位置 岬からは近くに姫島、遠くに四国、中国が眺望できます 大分県の天然記念物に指定されるとともに、大分百景のひとつにも選定されています
長崎鼻(ながさきばな)は、大分県豊後高田市香々地(旧香々地町)にある岬です。
全国に多数ある長崎鼻と区別するために香々地長崎鼻(かかじながさきばな)とも呼ばれています。
概要
国東半島北部の先端近くに位置し、周防灘に面しています。
岬からは近くに姫島、遠くに四国、中国が眺望できます。
リアス式の海岸は海食崖となっており、岬の先端部には約20の海食洞があります。
この洞穴群は、大分県の天然記念物に指定されるとともに、大分百景のひとつにも選定されています。
洞穴の最大のものは行者洞窟と呼ばれており、役行者、不動明王、蔵王権現が祀られ、古くは修験道の修行の地であったといわれています。
また、長崎岩屋と呼ばれる洞穴は、天井部が抜けて穴状になっており、歩いて降りることができます。
一帯は長崎鼻リゾートキャンプ場として、人工の海水浴場や、ログハウスやバンガローを備えるキャンプ場が整備されています。
また、岬の先端には香々地灯台が立っている。
全国に多数ある長崎鼻と区別するために香々地長崎鼻(かかじながさきばな)とも呼ばれています。
概要
国東半島北部の先端近くに位置し、周防灘に面しています。
岬からは近くに姫島、遠くに四国、中国が眺望できます。
リアス式の海岸は海食崖となっており、岬の先端部には約20の海食洞があります。
この洞穴群は、大分県の天然記念物に指定されるとともに、大分百景のひとつにも選定されています。
洞穴の最大のものは行者洞窟と呼ばれており、役行者、不動明王、蔵王権現が祀られ、古くは修験道の修行の地であったといわれています。
また、長崎岩屋と呼ばれる洞穴は、天井部が抜けて穴状になっており、歩いて降りることができます。
一帯は長崎鼻リゾートキャンプ場として、人工の海水浴場や、ログハウスやバンガローを備えるキャンプ場が整備されています。
また、岬の先端には香々地灯台が立っている。
大浪池 古くは大波池とも呼ばれています 鹿児島県霧島市の北東部、霧島山にある直径630m、周囲約2km、ほぼ円形の火口湖 常時水を湛える火口湖としては日本で最も高い場所にあります
大浪池(おおなみのいけ、おおなみいけ)は、鹿児島県霧島市の北東部、霧島山にある直径630m、周囲約2km、ほぼ円形の火口湖です。
古くは大波池とも呼ばれています。
霧島山の火山活動によって約4万年前に形成された火口の跡に水がたまってできました。
この火口から噴出した大量の軽石が周辺の地層に残されており、イワオコシ軽石と呼ばれています。
池の水深は11.6m、水質は強い酸性で、透明度が高いため池底まで見通すことができます。
池から流出する川はないです。
池を擁する火山の標高は1412m、水面の標高は1241mであり、常時水を湛える火口湖としては日本で最も高い場所にあります。
冬期には結氷します。
霧島市と宮崎県小林市とを結ぶ県道にあるバス停からの登山道(片道約40分)と、火口の尾根を巡って池を一周する登山コース(一周約40分)が整備されています。
神龍が住むという伝説があります。
大浪池の名称の由来については池面に波が立つ様子から名付けられたとの説に加えて次のような伝説があります。
近くの村に子供のいない夫婦がおり、山の神に祈ったところ女の子を授かり「お浪」と名付けました。
美人であったため18歳になったとき結婚の申し込みをいくつも受けたが断り続けました。
ある夜、彼女は山の池に飛び込み実は竜神の化身だったというもので、「お浪の池」がやがて「大浪の池」と呼ばれるようになったといわれています。
所在地 鹿児島県霧島市
面積 0.25 km²
周囲長 1.90 km
最大水深 11.6 m
平均水深 - m
貯水量 - km³
水面の標高 1241 m
成因 火山湖
淡水・汽水 淡水
湖沼型 酸栄養湖
古くは大波池とも呼ばれています。
霧島山の火山活動によって約4万年前に形成された火口の跡に水がたまってできました。
この火口から噴出した大量の軽石が周辺の地層に残されており、イワオコシ軽石と呼ばれています。
池の水深は11.6m、水質は強い酸性で、透明度が高いため池底まで見通すことができます。
池から流出する川はないです。
池を擁する火山の標高は1412m、水面の標高は1241mであり、常時水を湛える火口湖としては日本で最も高い場所にあります。
冬期には結氷します。
霧島市と宮崎県小林市とを結ぶ県道にあるバス停からの登山道(片道約40分)と、火口の尾根を巡って池を一周する登山コース(一周約40分)が整備されています。
神龍が住むという伝説があります。
大浪池の名称の由来については池面に波が立つ様子から名付けられたとの説に加えて次のような伝説があります。
近くの村に子供のいない夫婦がおり、山の神に祈ったところ女の子を授かり「お浪」と名付けました。
美人であったため18歳になったとき結婚の申し込みをいくつも受けたが断り続けました。
ある夜、彼女は山の池に飛び込み実は竜神の化身だったというもので、「お浪の池」がやがて「大浪の池」と呼ばれるようになったといわれています。
所在地 鹿児島県霧島市
面積 0.25 km²
周囲長 1.90 km
最大水深 11.6 m
平均水深 - m
貯水量 - km³
水面の標高 1241 m
成因 火山湖
淡水・汽水 淡水
湖沼型 酸栄養湖
楯状火山 緩やかに傾斜する斜面を持ち、底面積の広い火山
楯状火山あるいは盾状火山(たてじょうかざん、shield volcano)は、緩やかに傾斜する斜面を持ち、底面積の広い火山であります。
粘性の低い(流れやすい)玄武岩質溶岩の噴出・流動・堆積によって形成されています。
地球上の大型火山の多くは楯状火山であります。
アスピーテと呼ぶこともあるが、現在ではこの呼称は推奨されないです。
多量の玄武岩質溶岩の噴出によって形成されることから、ハワイ諸島やアイスランドなどホットスポットや海嶺上に主に分布します。
ハワイ諸島の火山はほとんどが楯状火山であり、世界最大のものはハワイ島にあるマウナ・ロア山であります。
レユニオン島のピトン・ドゥ・ラ・フルネーズは地球上で最も活発な楯状火山の1つで、平均して年一度のペースで噴火しています。
粘性の低い(流れやすい)玄武岩質溶岩の噴出・流動・堆積によって形成されています。
地球上の大型火山の多くは楯状火山であります。
アスピーテと呼ぶこともあるが、現在ではこの呼称は推奨されないです。
多量の玄武岩質溶岩の噴出によって形成されることから、ハワイ諸島やアイスランドなどホットスポットや海嶺上に主に分布します。
ハワイ諸島の火山はほとんどが楯状火山であり、世界最大のものはハワイ島にあるマウナ・ロア山であります。
レユニオン島のピトン・ドゥ・ラ・フルネーズは地球上で最も活発な楯状火山の1つで、平均して年一度のペースで噴火しています。
栗野岳 標高 1,094 m 鹿児島県姶良郡湧水町にある火山であり 複数の火山が複合した山塊であり霧島山の西端部を構成します
栗野岳(くりのだけ)は、鹿児島県姶良郡湧水町にある火山です。
複数の火山が複合した山塊であり霧島山の西端部を構成します。
周辺は、
北方約4キロメートルに飯盛山、東方約5キロメートルにえびの高原があります。
栗野岳の南西斜面は栗野高原と呼ばれ、栗野岳レクリエーション村(日本一の枕木階段がある)や霧島アートの森などの施設があります。
西側中腹には栗野岳温泉があります。
北西部にエドヒガン(サクラの一種)の自生南限地があり天然記念物に指定されています。
歴史は、
栗野岳は、約30万年前に加久藤カルデラで起きた大噴火の後、最初に活動を開始した古期霧島火山の一つであります。
この火山から流下した溶岩によって川内川が堰き止められ古加久藤湖がつくられました。
この湖は後に排水され消滅しています。
栗野岳は形成されてから長い年月を経ているため岩石の風化と山体の侵食が進んでいます。
江戸時代にはミョウバンの鉱山がありました。
標高 1,094 m
位置 北緯31度57分34秒
東経130度47分19秒
所在地 日本(鹿児島県)
山系 (霧島火山群)
種類 火山
複数の火山が複合した山塊であり霧島山の西端部を構成します。
周辺は、
北方約4キロメートルに飯盛山、東方約5キロメートルにえびの高原があります。
栗野岳の南西斜面は栗野高原と呼ばれ、栗野岳レクリエーション村(日本一の枕木階段がある)や霧島アートの森などの施設があります。
西側中腹には栗野岳温泉があります。
北西部にエドヒガン(サクラの一種)の自生南限地があり天然記念物に指定されています。
歴史は、
栗野岳は、約30万年前に加久藤カルデラで起きた大噴火の後、最初に活動を開始した古期霧島火山の一つであります。
この火山から流下した溶岩によって川内川が堰き止められ古加久藤湖がつくられました。
この湖は後に排水され消滅しています。
栗野岳は形成されてから長い年月を経ているため岩石の風化と山体の侵食が進んでいます。
江戸時代にはミョウバンの鉱山がありました。
標高 1,094 m
位置 北緯31度57分34秒
東経130度47分19秒
所在地 日本(鹿児島県)
山系 (霧島火山群)
種類 火山
加久藤盆地 真幸盆地、えびの盆地ともいいます 鹿児島県湧水町から宮崎県えびの市および小林市にかけて広がる東西約15km、南北5kmのカルデラ性盆地であります
加久藤盆地(かくとうぼんち)は、鹿児島県湧水町から宮崎県えびの市および小林市にかけて広がる東西約15km、南北5kmのカルデラ性盆地であります。
真幸盆地、えびの盆地ともいいます。
飯野、加久藤、京町(真幸)の3地区からなります。
盆地の北はカルデラ外輪山である矢岳高原、南はカルデラ南縁に形成された霧島山に挟まれています。
盆地内には川内川が西流し、えびの市街地が広がっています。
地質学的歴史は、
加久藤盆地は加久藤カルデラと呼ばれるカルデラを起源として形成されました。
加久藤カルデラの形成年代は明確になっていないが、約52万年前に噴出した小林笠森テフラ(Kb-Ks)や、約35万年前に噴出した樋脇(下門)火砕流(Hwk)について、このカルデラを起源とする説があります。
約33万年前の大噴火で発生した加久藤火砕流は薩摩半島と大隅半島の中部以北と人吉市付近および宮崎平野にまで広がり、半径約50kmの範囲に溶結凝灰岩の地層を形成しました。
同時に放出された加久藤火山灰(Kkt)は本州中部でも確認されており、覆われた面積は約3千km2、噴出物の体積は合計約100km3にもなります。
加久藤カルデラに水がたまり、さらに霧島山西端にある栗野岳の溶岩によって水の出口を塞がれることによって古加久藤湖と呼ばれる水面標高約300mの堰き止め湖が形成されました。
この湖の南部は霧島山の火山活動によって埋められ、残った北部も入戸火砕流などによって堆積が進み、最終的には川内川による湖口部の侵食が進んで排水され加久藤盆地が形成されました。
湖底堆積物が加久藤層群と呼ばれる地層として残されており、湖の水位変化の痕跡が川内川の河岸段丘として残されています。
真幸盆地、えびの盆地ともいいます。
飯野、加久藤、京町(真幸)の3地区からなります。
盆地の北はカルデラ外輪山である矢岳高原、南はカルデラ南縁に形成された霧島山に挟まれています。
盆地内には川内川が西流し、えびの市街地が広がっています。
地質学的歴史は、
加久藤盆地は加久藤カルデラと呼ばれるカルデラを起源として形成されました。
加久藤カルデラの形成年代は明確になっていないが、約52万年前に噴出した小林笠森テフラ(Kb-Ks)や、約35万年前に噴出した樋脇(下門)火砕流(Hwk)について、このカルデラを起源とする説があります。
約33万年前の大噴火で発生した加久藤火砕流は薩摩半島と大隅半島の中部以北と人吉市付近および宮崎平野にまで広がり、半径約50kmの範囲に溶結凝灰岩の地層を形成しました。
同時に放出された加久藤火山灰(Kkt)は本州中部でも確認されており、覆われた面積は約3千km2、噴出物の体積は合計約100km3にもなります。
加久藤カルデラに水がたまり、さらに霧島山西端にある栗野岳の溶岩によって水の出口を塞がれることによって古加久藤湖と呼ばれる水面標高約300mの堰き止め湖が形成されました。
この湖の南部は霧島山の火山活動によって埋められ、残った北部も入戸火砕流などによって堆積が進み、最終的には川内川による湖口部の侵食が進んで排水され加久藤盆地が形成されました。
湖底堆積物が加久藤層群と呼ばれる地層として残されており、湖の水位変化の痕跡が川内川の河岸段丘として残されています。
霧島温泉郷 鹿児島県霧島市から湧水町にかけての霧島山中腹に点在する温泉群の総称です 日豊本線霧島神宮駅、または肥薩線霧島温泉駅よりバス、タクシーで各温泉へ
霧島温泉郷(きりしまおんせんきょう)は、鹿児島県霧島市から湧水町にかけての霧島山中腹に点在する温泉群の総称です。
狭義では大浪池の南西斜面、中津川(天降川の支流)流域にある古くから知られている温泉群を指します。
昭和34年5月4日、「霧島温泉」として、旧・霧島町の霧島神宮温泉とともに国民保養温泉地に指定されました。
狭義の霧島温泉郷
硫黄谷温泉
1714年(正徳4年)、飯田喜八によって発見された。江戸時代に書かれた『諸国温泉効能鑑』(温泉番付)に「薩摩硫黄湯」として記載されており、皮膚病に効能があるとされていました。
江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』にも挿絵とともに紹介されており、湯を患部に当てる打たせ湯や、身分の高い者だけが利用できる殿様湯についての記述もあります。
1866年(慶応2年)に坂本龍馬夫妻が訪れた。1949年(昭和24年)8月16日、台風による山崩れの被害を受けて移転し、現在では泉源のみ利用され近隣の霧島ホテルに送湯しています。
明礬温泉
明礬山から湧出しているためにこの名が付けられました。
1869年(明治2年)頃に宿泊施設が設けられたが、山崩れのため廃止され泉源のみ利用されています。
栄之尾温泉
1744年(延享元年)、安藤仲兵衛国広によって発見されました。
『三国名勝図会』には、硫黄谷温泉と同じく打たせ湯の設備を持っており効能も似ているが、湯の性質は穏やかであり症状に応じて選ぶことを勧める記述があります。
1861年(文久元年)、当時の薩摩藩藩主島津忠義の避暑地として利用されました。
1934年(昭和9年)、林田温泉に吸収され露天風呂として利用されています。
林田温泉
栄之尾温泉に隣接する温泉地です。
1929年(昭和4年)、林田熊一によって開発されました。
私設道路などが整備され近代的温泉保養地の先駆けとなりました。
丸尾温泉
1819年(文政2年)、横尾権太によって発見されました。
霧島温泉郷の中心的存在となっています。
栗川温泉
1835年(天保6年)、牧彦八によって発見されました。
霧島温泉郷への交通アクセス
鉄道 : 日豊本線霧島神宮駅、または肥薩線霧島温泉駅よりバス、タクシーで各温泉へ。
霧島温泉郷
湯之野温泉
豊富な噴気があり、湧出した温泉を周辺の施設に配湯しています。
新湯温泉
1875年(明治8年)、高久保豊蔵によって発見され、1881年(明治14年)から湯治場として利用されるようになりました。
1954年(昭和29年)8月16日、地滑りによって壊滅したが後に復旧しました。
硫化水素泉として知られています。
湯之谷温泉
古くから地元の狩人に利用されており、1880年(明治13年)に浴場が開設されました。
1952年(昭和27年)8月に台風の被害を受けて移転しました。
塩湯温泉
手洗温泉
山之城温泉
古くから知られており、1961年(昭和36年)頃に掘削が試みられました。
硫化水素ガス濃度が高く危険なため立ち入り禁止になっています。
関平温泉
1832年(天保3年)、原田丑太郎によって発見され、傷に効能があると言われてきました。
1976年(昭和51年)に牧園町の所有となりました。
温泉水は「関平鉱泉」として販売されています。
鉾投(ほこなぎ)温泉
1572年(元亀3年)、島津義弘による木崎原の戦いの際に利用されたと伝えられています。
現在は野湯。
野々湯温泉
かつては地元住民のための小さな浴場であったが、現在ではログハウスやキャンプ場などを擁するレクリエーション施設となっています。
殿湯温泉
1710年頃(宝永、享保年間)、霧島神宮の造営工事をきっかけとして開発されました。
目の湯温泉
霧島最古の岩風呂とされる野湯です。
横瀬温泉
1865年(慶応元年)に共同浴場が設置されました。
栗野岳温泉
元禄、宝永年間頃から湯治場として利用されています。
豊富な噴気があり、蒸し風呂や炊事に利用されています。
金湯温泉、銀湯温泉、太良温泉
現在利用されていません。
銀湯温泉の近くに出力3万kWの大霧地熱発電所があります。
狭義では大浪池の南西斜面、中津川(天降川の支流)流域にある古くから知られている温泉群を指します。
昭和34年5月4日、「霧島温泉」として、旧・霧島町の霧島神宮温泉とともに国民保養温泉地に指定されました。
狭義の霧島温泉郷
硫黄谷温泉
1714年(正徳4年)、飯田喜八によって発見された。江戸時代に書かれた『諸国温泉効能鑑』(温泉番付)に「薩摩硫黄湯」として記載されており、皮膚病に効能があるとされていました。
江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』にも挿絵とともに紹介されており、湯を患部に当てる打たせ湯や、身分の高い者だけが利用できる殿様湯についての記述もあります。
1866年(慶応2年)に坂本龍馬夫妻が訪れた。1949年(昭和24年)8月16日、台風による山崩れの被害を受けて移転し、現在では泉源のみ利用され近隣の霧島ホテルに送湯しています。
明礬温泉
明礬山から湧出しているためにこの名が付けられました。
1869年(明治2年)頃に宿泊施設が設けられたが、山崩れのため廃止され泉源のみ利用されています。
栄之尾温泉
1744年(延享元年)、安藤仲兵衛国広によって発見されました。
『三国名勝図会』には、硫黄谷温泉と同じく打たせ湯の設備を持っており効能も似ているが、湯の性質は穏やかであり症状に応じて選ぶことを勧める記述があります。
1861年(文久元年)、当時の薩摩藩藩主島津忠義の避暑地として利用されました。
1934年(昭和9年)、林田温泉に吸収され露天風呂として利用されています。
林田温泉
栄之尾温泉に隣接する温泉地です。
1929年(昭和4年)、林田熊一によって開発されました。
私設道路などが整備され近代的温泉保養地の先駆けとなりました。
丸尾温泉
1819年(文政2年)、横尾権太によって発見されました。
霧島温泉郷の中心的存在となっています。
栗川温泉
1835年(天保6年)、牧彦八によって発見されました。
霧島温泉郷への交通アクセス
鉄道 : 日豊本線霧島神宮駅、または肥薩線霧島温泉駅よりバス、タクシーで各温泉へ。
霧島温泉郷
湯之野温泉
豊富な噴気があり、湧出した温泉を周辺の施設に配湯しています。
新湯温泉
1875年(明治8年)、高久保豊蔵によって発見され、1881年(明治14年)から湯治場として利用されるようになりました。
1954年(昭和29年)8月16日、地滑りによって壊滅したが後に復旧しました。
硫化水素泉として知られています。
湯之谷温泉
古くから地元の狩人に利用されており、1880年(明治13年)に浴場が開設されました。
1952年(昭和27年)8月に台風の被害を受けて移転しました。
塩湯温泉
手洗温泉
山之城温泉
古くから知られており、1961年(昭和36年)頃に掘削が試みられました。
硫化水素ガス濃度が高く危険なため立ち入り禁止になっています。
関平温泉
1832年(天保3年)、原田丑太郎によって発見され、傷に効能があると言われてきました。
1976年(昭和51年)に牧園町の所有となりました。
温泉水は「関平鉱泉」として販売されています。
鉾投(ほこなぎ)温泉
1572年(元亀3年)、島津義弘による木崎原の戦いの際に利用されたと伝えられています。
現在は野湯。
野々湯温泉
かつては地元住民のための小さな浴場であったが、現在ではログハウスやキャンプ場などを擁するレクリエーション施設となっています。
殿湯温泉
1710年頃(宝永、享保年間)、霧島神宮の造営工事をきっかけとして開発されました。
目の湯温泉
霧島最古の岩風呂とされる野湯です。
横瀬温泉
1865年(慶応元年)に共同浴場が設置されました。
栗野岳温泉
元禄、宝永年間頃から湯治場として利用されています。
豊富な噴気があり、蒸し風呂や炊事に利用されています。
金湯温泉、銀湯温泉、太良温泉
現在利用されていません。
銀湯温泉の近くに出力3万kWの大霧地熱発電所があります。
えびの高原 標高約1,200m 観光地として整備されたのは1960年ごろ 大部分は韓国岳火口から噴出した凝灰角礫岩、硫黄(いおう)山、不動池、六観音御池、白紫池から噴出した完新世溶岩で覆われています
えびの高原(えびのこうげん)とは宮崎県えびの市の南東部に位置し、霧島屋久国立公園に属する盆地状高原です。
地理 特徴
標高約1,200mで韓国岳(からくにだけ)、白鳥山、甑岳(こしきだけ)に囲まれています。
高原北部に不動池、六観音御池(ろっかんのんみいけ)、白紫池(びゃくしいけ)、などの火口湖が並び、池を巡る自然研究路も整備されています。
大部分は韓国岳火口から噴出した凝灰角礫岩、硫黄(いおう)山、不動池、六観音御池、白紫池から噴出した完新世溶岩で覆われています。
世界でここにしか自生しないノカイドウ(天然記念物指定)やミヤマキリシマの群落、コツクバネウツギ、イワカガミやミヤマイツルソウなどの高山植物が見られ、キュウシュウジカやイノシシなども生息しています。
温泉が湧出し保養地となっています。
観光地として整備されたのは1960年ごろであり、その際に岩切章太郎が、硫黄山から噴出する亜硫酸ガスのためススキ野が秋になると一面葡萄(えび)色に変わる景色から「えびの高原」と名付けたのがはじまりであります。
地理 特徴
標高約1,200mで韓国岳(からくにだけ)、白鳥山、甑岳(こしきだけ)に囲まれています。
高原北部に不動池、六観音御池(ろっかんのんみいけ)、白紫池(びゃくしいけ)、などの火口湖が並び、池を巡る自然研究路も整備されています。
大部分は韓国岳火口から噴出した凝灰角礫岩、硫黄(いおう)山、不動池、六観音御池、白紫池から噴出した完新世溶岩で覆われています。
世界でここにしか自生しないノカイドウ(天然記念物指定)やミヤマキリシマの群落、コツクバネウツギ、イワカガミやミヤマイツルソウなどの高山植物が見られ、キュウシュウジカやイノシシなども生息しています。
温泉が湧出し保養地となっています。
観光地として整備されたのは1960年ごろであり、その際に岩切章太郎が、硫黄山から噴出する亜硫酸ガスのためススキ野が秋になると一面葡萄(えび)色に変わる景色から「えびの高原」と名付けたのがはじまりであります。
高千穂峰 標高は1,573メートル 高千穂峰は都城盆地他平野部から直接望まれ、都城盆地にしばしば発生する雲海に対し山頂部が島に見えることから霧島の名の由来ともなったとされます
高千穂峰(たかちほのみね)は、宮崎県と鹿児島県の県境に位置する複合火山です。
標高は1,573メートルで、霧島連峰の第二峰です。
典型的なコニーデ型の主峰に、西部に活火山である御鉢(おはち)、東部に二ツ石の側火山を持った美しい山容を示し、霧島屋久国立公園に属します。
名所であるためか行政境界が入り組んでおり、宮崎県小林市、西諸県郡高原町、都城市の境界部に鹿児島県霧島市(旧姶良郡霧島町)が御鉢の部分で割って入る形となっており、さらに、都城市と高原町の境界は高千穂峰をめぐって未定となっています。
霧島連峰の第一峰である韓国岳が山塊中の一峰であるのに比べ、高千穂峰は都城盆地他平野部から直接望まれ、都城盆地にしばしば発生する雲海に対し山頂部が島に見えることから霧島の名の由来ともなったとされます。
天孫降臨神話の地とされており、山頂にある青銅製の天之逆鉾が御神体として崇められています。
自然
更新世の安山岩で構成された比較的新しい火山であります。
山頂は溶岩ドームをなし、火口が塞がっています。
一方、御鉢は直径東西約550メートル、深さ約200メートルの火口があり、1913年にも噴火を起こしました。
二ツ石は浸食が進み、火口の地形がほとんど残っていないです。
山麓は、常用広葉樹による森林が生い茂るが、中腹以上は活発な火山活動のため岩肌がむき出しになる険しい地形となっています。
東麓にある火山湖の御池(みいけ)周辺はヤイロチョウ、ブッポウソウなどの野鳥が飛来します。
標高は1,573メートルで、霧島連峰の第二峰です。
典型的なコニーデ型の主峰に、西部に活火山である御鉢(おはち)、東部に二ツ石の側火山を持った美しい山容を示し、霧島屋久国立公園に属します。
名所であるためか行政境界が入り組んでおり、宮崎県小林市、西諸県郡高原町、都城市の境界部に鹿児島県霧島市(旧姶良郡霧島町)が御鉢の部分で割って入る形となっており、さらに、都城市と高原町の境界は高千穂峰をめぐって未定となっています。
霧島連峰の第一峰である韓国岳が山塊中の一峰であるのに比べ、高千穂峰は都城盆地他平野部から直接望まれ、都城盆地にしばしば発生する雲海に対し山頂部が島に見えることから霧島の名の由来ともなったとされます。
天孫降臨神話の地とされており、山頂にある青銅製の天之逆鉾が御神体として崇められています。
自然
更新世の安山岩で構成された比較的新しい火山であります。
山頂は溶岩ドームをなし、火口が塞がっています。
一方、御鉢は直径東西約550メートル、深さ約200メートルの火口があり、1913年にも噴火を起こしました。
二ツ石は浸食が進み、火口の地形がほとんど残っていないです。
山麓は、常用広葉樹による森林が生い茂るが、中腹以上は活発な火山活動のため岩肌がむき出しになる険しい地形となっています。
東麓にある火山湖の御池(みいけ)周辺はヤイロチョウ、ブッポウソウなどの野鳥が飛来します。
韓国岳 標高 1,700.3 m 霧島山の最高峰 山頂から南方の眺望は抜群で、霧島山系の山々や霊峰高千穂峰を展望でき、遠くは鹿児島湾の桜島や高隈山系も眺望できます
韓国岳(からくにだけ)(標高1700m)は、鹿児島県霧島市、宮崎県えびの市、小林市の境界にまたがる活火山です。
霧島山の最高峰。
古くは霧島嶽西峯とも呼ばれ、古事記には虚国嶽(からくにだけ)とも書かれています。
頂上には、直径約900m、深さ約300mのカルデラがあり、雨が続くとカルデラ湖となります。
また、冬にはよく冠雪し、樹氷なども見られる。歴史上、山頂で噴火したという記録はないが、1768年(明和5年)に北西側山腹から溶岩が流出し硫黄山が形成されたという記録があります。
また南西の山腹にカルデラ湖の大浪池があります。
霧島市と小林市とを結ぶ県道付近からいくつかの登山道が整備されています。
大駐車場やビジターセンターの充実しているえびの高原からのルートがもっとも一般的であります。
山頂から南方の眺望は抜群で、霧島山系の山々や霊峰高千穂峰を展望でき、遠くは鹿児島湾の桜島や高隈山系も眺望できます。
また、韓国岳の山頂から、獅子戸岳、新燃岳、中岳と縦走して高千穂河原へと降りるルートも縦走路として人気が高いです。
山腹にはキリシマツツジが群生し、野生のシカも多く見られます。
名称の由来として、江戸時代以前は山頂付近の登山道が険しく難路であり登山者がほとんどいなかったこと、あるいは山頂付近に草木が乏しいことから空虚の地すなわち虚国(からくに)と呼ばれるようになったという説があります。
また、韓の国(現在の大韓民国)まで見渡すことができるほど高く「韓国の見岳」と呼ばれたためとの説もあるが、実際には見えないです。
標高 1,700.3 m
位置 北緯31度56分03秒
東経130度51分42秒
所在地 日本(宮崎県、鹿児島県)
山系 (霧島火山群)
種類 活火山ランクB(火山砕屑丘)
霧島山の最高峰。
古くは霧島嶽西峯とも呼ばれ、古事記には虚国嶽(からくにだけ)とも書かれています。
頂上には、直径約900m、深さ約300mのカルデラがあり、雨が続くとカルデラ湖となります。
また、冬にはよく冠雪し、樹氷なども見られる。歴史上、山頂で噴火したという記録はないが、1768年(明和5年)に北西側山腹から溶岩が流出し硫黄山が形成されたという記録があります。
また南西の山腹にカルデラ湖の大浪池があります。
霧島市と小林市とを結ぶ県道付近からいくつかの登山道が整備されています。
大駐車場やビジターセンターの充実しているえびの高原からのルートがもっとも一般的であります。
山頂から南方の眺望は抜群で、霧島山系の山々や霊峰高千穂峰を展望でき、遠くは鹿児島湾の桜島や高隈山系も眺望できます。
また、韓国岳の山頂から、獅子戸岳、新燃岳、中岳と縦走して高千穂河原へと降りるルートも縦走路として人気が高いです。
山腹にはキリシマツツジが群生し、野生のシカも多く見られます。
名称の由来として、江戸時代以前は山頂付近の登山道が険しく難路であり登山者がほとんどいなかったこと、あるいは山頂付近に草木が乏しいことから空虚の地すなわち虚国(からくに)と呼ばれるようになったという説があります。
また、韓の国(現在の大韓民国)まで見渡すことができるほど高く「韓国の見岳」と呼ばれたためとの説もあるが、実際には見えないです。
標高 1,700.3 m
位置 北緯31度56分03秒
東経130度51分42秒
所在地 日本(宮崎県、鹿児島県)
山系 (霧島火山群)
種類 活火山ランクB(火山砕屑丘)
霧島山 「霧島」は、山々に加えて多くのカルデラ湖、高千穂河原やえびの高原などの観光拠点、霧島温泉郷などを含む意で使われます 日本百名山の一つ
霧島山(きりしまやま)は、宮崎県と鹿児島県の県境に広がる火山群の総称です。
霧島連峰あるいは霧島火山群とも呼ばれ、ランクBの活火山に指定されています。
日本百名山の一つです。
最高峰の韓国岳(標高1700m)と、霊峰、高千穂峰(標高1574m)の間や周辺に山々が連なって山塊を成しています。
北海道の大雪山と同様に、霧島山という固有の山はなく、地元でも個々の山を個々の名で呼びます。
従って「霧島山」とは霧島山群を指し、「霧島」は、山々に加えて多くのカルデラ湖、高千穂河原やえびの高原などの観光拠点、霧島温泉郷などを含む意で使われます。
JRや高速道路など交通の便も良く、ミヤマキリシマの群生地や、野生のシカも多く、1年を通して、登山客や観光客でにぎわっています。
また、霧島一帯は霧島屋久国立公園として全国で最初に指定された国立公園のひとつでもあります。
地質学上の霧島山
約30万年前に大噴火を起こした加久藤(かくとう)カルデラの南縁付近に誕生した後カルデラ火山であります。
まず古期霧島火山が形成され、その上に新期霧島火山が重なるように形成されました。
古期霧島火山:(約30万年前から約15万年前に形成)
栗野岳(標高1094m): 霧島山の西端にあり最も古く、岩石の風化が進んでいる。複数の火山から成っています。
湯ノ谷岳
烏帽子岳(標高988m)
獅子戸岳
矢岳(標高1132m)
新期霧島火山:(約10万年前以降に形成)
白鳥山(標高1363m): 流動性の高い溶岩の噴出によってできた楯状火山です。
白紫池: 白鳥山の火口湖です。
蝦野岳: 白鳥山の上に生じた寄生火山です。
龍王岳
二子石
大浪池(山の標高1412m、水面の標高1239m): 火口湖。噴出物はイワオコシ軽石と呼ばれています。
夷守岳(標高1344m): 噴出物はアワオコシ軽石と呼ばれています。
大幡山
韓国岳(標高1700m)
甑岳(標高1301m)
飯盛山(標高846m): 流下した溶岩が山麓に溶岩台地を形成しています。
六観音御池: マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
中岳(標高1332m)
琵琶池
大幡池(山の標高1306m、水面の標高1230m): マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
不動池: 火口湖です。
小池
高千穂峰(標高1574m)
御池(水面の標高305m): マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
御鉢:高千穂峰の側火山
新燃岳(標高1421m): 現在も活動中です。
硫黄山: 1768年(明和5年)の噴火によって形成されました。
かつて硫黄の鉱山がありました。
主な噴火記録は、
霧島山全体としての火山活動は現在も継続中であります。
有史以後も数多くの噴火記録があり、最近の活動は特に御鉢と新燃岳に集中しています。
742年(天平14年): 御鉢。
788年(延暦7年): 御鉢。
1716年(享保元年)-1717年: 新燃岳周囲数カ所から噴火。死者5名、焼失家屋多数。
1768年(明和5年): 韓国岳の北西側山腹から溶岩が流出し硫黄山を形成。
1889年(明治22年): 御鉢。
1895年(明治28年)7月16日-1900年2月: 御鉢で数日から数ヶ月おきに繰り返し噴石及び火山灰の噴出。
1913年(大正2年)11月8日、12月9日、1914年1月8日: 御鉢で噴石及び火山灰の噴出。
1959年(昭和34年)2月17日: 新燃岳で噴石と降灰を伴う噴火。周辺の農作物に被害。
1991年(平成3年)12月-1992年2月: 新燃岳で火山灰の噴出を伴う小規模な噴火。
新燃岳では現在も噴気が観察されています。
歴史上の霧島山は、
古代においては天孫降臨説話の舞台として、中世においては修験道の霊山として、近世から現代においては温泉保養地としての歴史を有しています。
10世紀中頃: 性空上人の霧島山修行。
1714年(正徳4年): 霧島山南西部で硫黄谷温泉が発見される。
1929年(昭和4年): 林田熊一が林田温泉を開発。
1934年(昭和9年)3月16日: 日本で最初の国立公園に指定された。当時の名称は「霧島国立公園」。
高千穂峰の山頂には、アマテラスの孫ニニギが降臨(天孫降臨)に際して逆さに突きたてたという天の逆鉾が立てられています。
坂本龍馬・おりょう夫婦の新婚旅行の地としても知られています。
霧島連峰あるいは霧島火山群とも呼ばれ、ランクBの活火山に指定されています。
日本百名山の一つです。
最高峰の韓国岳(標高1700m)と、霊峰、高千穂峰(標高1574m)の間や周辺に山々が連なって山塊を成しています。
北海道の大雪山と同様に、霧島山という固有の山はなく、地元でも個々の山を個々の名で呼びます。
従って「霧島山」とは霧島山群を指し、「霧島」は、山々に加えて多くのカルデラ湖、高千穂河原やえびの高原などの観光拠点、霧島温泉郷などを含む意で使われます。
JRや高速道路など交通の便も良く、ミヤマキリシマの群生地や、野生のシカも多く、1年を通して、登山客や観光客でにぎわっています。
また、霧島一帯は霧島屋久国立公園として全国で最初に指定された国立公園のひとつでもあります。
地質学上の霧島山
約30万年前に大噴火を起こした加久藤(かくとう)カルデラの南縁付近に誕生した後カルデラ火山であります。
まず古期霧島火山が形成され、その上に新期霧島火山が重なるように形成されました。
古期霧島火山:(約30万年前から約15万年前に形成)
栗野岳(標高1094m): 霧島山の西端にあり最も古く、岩石の風化が進んでいる。複数の火山から成っています。
湯ノ谷岳
烏帽子岳(標高988m)
獅子戸岳
矢岳(標高1132m)
新期霧島火山:(約10万年前以降に形成)
白鳥山(標高1363m): 流動性の高い溶岩の噴出によってできた楯状火山です。
白紫池: 白鳥山の火口湖です。
蝦野岳: 白鳥山の上に生じた寄生火山です。
龍王岳
二子石
大浪池(山の標高1412m、水面の標高1239m): 火口湖。噴出物はイワオコシ軽石と呼ばれています。
夷守岳(標高1344m): 噴出物はアワオコシ軽石と呼ばれています。
大幡山
韓国岳(標高1700m)
甑岳(標高1301m)
飯盛山(標高846m): 流下した溶岩が山麓に溶岩台地を形成しています。
六観音御池: マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
中岳(標高1332m)
琵琶池
大幡池(山の標高1306m、水面の標高1230m): マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
不動池: 火口湖です。
小池
高千穂峰(標高1574m)
御池(水面の標高305m): マグマ水蒸気爆発による噴火口に水がたまった火口湖です。
御鉢:高千穂峰の側火山
新燃岳(標高1421m): 現在も活動中です。
硫黄山: 1768年(明和5年)の噴火によって形成されました。
かつて硫黄の鉱山がありました。
主な噴火記録は、
霧島山全体としての火山活動は現在も継続中であります。
有史以後も数多くの噴火記録があり、最近の活動は特に御鉢と新燃岳に集中しています。
742年(天平14年): 御鉢。
788年(延暦7年): 御鉢。
1716年(享保元年)-1717年: 新燃岳周囲数カ所から噴火。死者5名、焼失家屋多数。
1768年(明和5年): 韓国岳の北西側山腹から溶岩が流出し硫黄山を形成。
1889年(明治22年): 御鉢。
1895年(明治28年)7月16日-1900年2月: 御鉢で数日から数ヶ月おきに繰り返し噴石及び火山灰の噴出。
1913年(大正2年)11月8日、12月9日、1914年1月8日: 御鉢で噴石及び火山灰の噴出。
1959年(昭和34年)2月17日: 新燃岳で噴石と降灰を伴う噴火。周辺の農作物に被害。
1991年(平成3年)12月-1992年2月: 新燃岳で火山灰の噴出を伴う小規模な噴火。
新燃岳では現在も噴気が観察されています。
歴史上の霧島山は、
古代においては天孫降臨説話の舞台として、中世においては修験道の霊山として、近世から現代においては温泉保養地としての歴史を有しています。
10世紀中頃: 性空上人の霧島山修行。
1714年(正徳4年): 霧島山南西部で硫黄谷温泉が発見される。
1929年(昭和4年): 林田熊一が林田温泉を開発。
1934年(昭和9年)3月16日: 日本で最初の国立公園に指定された。当時の名称は「霧島国立公園」。
高千穂峰の山頂には、アマテラスの孫ニニギが降臨(天孫降臨)に際して逆さに突きたてたという天の逆鉾が立てられています。
坂本龍馬・おりょう夫婦の新婚旅行の地としても知られています。
霧島屋久国立公園 鹿児島県を中心とする南九州の主要な景勝地に設けられた国立公園 霧島山を中心とする霧島地域、桜島、佐多岬周辺、薩摩半島南岸を中心とする錦江湾地域、そして屋久島を中心とする屋久島地域の3箇所
霧島屋久国立公園(きりしまやくこくりつこうえん)は鹿児島県を中心とする南九州の主要な景勝地に設けられた国立公園です。
霧島山を中心とする霧島地域、桜島、佐多岬周辺、薩摩半島南岸を中心とする錦江湾地域、そして屋久島を中心とする屋久島地域の3箇所で構成されています。
総面積54,833haに及び、年間利用者は1,000万人を超えます。
一帯は霧島火山帯に属し、霧島温泉郷、指宿温泉、屋久島の尾之間温泉など温泉地が豊富にあることから、訪れる人も多いところです。
霧島屋久国立公園の歴史は、
1934年(昭和9年)3月16日、霧島山周辺の東西約22km、面積202km2の領域が霧島国立公園として、瀬戸内海国立公園、雲仙国立公園(現雲仙天草国立公園)と共に日本で最初の国立公園に指定されました。
1964年(昭和39年)3月16日には、錦江湾地域及び屋久島地域が編入されたことにより、現在の公園名となりました。
自然
霧島地域は韓国岳を始めとして、20数座の火山を持ち、火口湖が多いです。
また、シイ、アカマツなどの自然林も豊富に残り、ミヤマキリシマが咲き誇ります。
錦江湾地域は現在もなお、活発な火山活動を続ける桜島、九州で唯一の天然湖である池田湖、優美な山容を誇る開聞岳、海蝕崖が発達した佐多岬をはじめ、世界最北のマングローブ林である旧喜入町のアコウ生息地や陸繋砂州の知林ヶ島など変化に富むところです。
屋久島地域は海岸から宮之浦岳山頂まで見事な植生の垂直分布が確認され、また樹齢3,000年ともいわれる屋久杉が屹立し、また野生動物も豊富に確認されており、生物学上にも貴重であります。
主要な景勝地
霧島地域
韓国岳
えびの高原
錦江湾地域
桜島
佐多岬
長崎鼻
池田湖、鰻池
開聞岳
屋久島地域
屋久島(一部)
霧島山を中心とする霧島地域、桜島、佐多岬周辺、薩摩半島南岸を中心とする錦江湾地域、そして屋久島を中心とする屋久島地域の3箇所で構成されています。
総面積54,833haに及び、年間利用者は1,000万人を超えます。
一帯は霧島火山帯に属し、霧島温泉郷、指宿温泉、屋久島の尾之間温泉など温泉地が豊富にあることから、訪れる人も多いところです。
霧島屋久国立公園の歴史は、
1934年(昭和9年)3月16日、霧島山周辺の東西約22km、面積202km2の領域が霧島国立公園として、瀬戸内海国立公園、雲仙国立公園(現雲仙天草国立公園)と共に日本で最初の国立公園に指定されました。
1964年(昭和39年)3月16日には、錦江湾地域及び屋久島地域が編入されたことにより、現在の公園名となりました。
自然
霧島地域は韓国岳を始めとして、20数座の火山を持ち、火口湖が多いです。
また、シイ、アカマツなどの自然林も豊富に残り、ミヤマキリシマが咲き誇ります。
錦江湾地域は現在もなお、活発な火山活動を続ける桜島、九州で唯一の天然湖である池田湖、優美な山容を誇る開聞岳、海蝕崖が発達した佐多岬をはじめ、世界最北のマングローブ林である旧喜入町のアコウ生息地や陸繋砂州の知林ヶ島など変化に富むところです。
屋久島地域は海岸から宮之浦岳山頂まで見事な植生の垂直分布が確認され、また樹齢3,000年ともいわれる屋久杉が屹立し、また野生動物も豊富に確認されており、生物学上にも貴重であります。
主要な景勝地
霧島地域
韓国岳
えびの高原
錦江湾地域
桜島
佐多岬
長崎鼻
池田湖、鰻池
開聞岳
屋久島地域
屋久島(一部)
